【投稿日】 2021年12月19日 【最終更新日】 2022年1月10日
M&Aでは、「買収される側の企業にどれほどの価値があるのか」が重要です。
しかし例えば、その企業が上場していない場合などは、証券市場などに株式が公開されていないため、市場価値の探りようもないことがままあります。
そこで今回は、M&Aの際に参考となる「買収対象企業の企業価値を算出する3つの方法」、そしてそれぞれの方法におけるメリットやデメリット、どんな企業に適した計算方法なのか、どんな計算方法がありどんな強みがあるのか、について解説します。
自社の価値がどれくらいなのかを知りたい場合、あるいは譲渡企業の価値を予測して交渉に臨みたい場合、以後の事業計画を立てる場合の参考にしてみてください。
SAT探偵事務所 京都本部の代表取締役社長。
浮気調査や人探しといった個人向けのメジャーな調査はもちろん、他所では受任できない難度の企業向けの調査(信用調査、与信調査、M&A時等におけるDD 等)や経営コンサルティング業務にも従事している。
M&Aの際に企業価値は「価額」で表される!
M&Aの際には、金額を表現する場合「価格」ではなく「価額」という単語が使われます。
価格は売る側が買う側に対して示した値段、あるいは双方の合意で決められる値段ですが、価額は客観的に評価された額のことを指します。M&Aも客観的評価を必要とする場面が多いため、価額が使われています。
つまり価額は売り手側の一存で決められるものではありません。
価額の考え方として特筆すべき点に、物品そのものを何円で手に入れたとしても、現在の値打ちがそちらより低く判定されたら元手の値段がいくら高かったとしても意味をなさなくなる、というものがあります。
価額が利用される分野として、他に保険金や税金があります。
企業価値と株式価値の違い
「企業価値」とは、その企業の魅力を金額で表したものです。魅力の基準は、その企業が将来生み出す利益総額を暫定的に現在の価値で表します。
「株式価値」とは、その企業を構成する価値のうち、当該企業ではなく株主が所有する部分、つまり企業価値から有利子負債を引いた額のことです。
一般的には、上記のように企業価値から有利子負債を引いた額が株式価値とされており、企業価値と株式価値の関係性は「企業価値-有利子負債=株式価値」という式で説明されることが多くなっています。
M&Aの際に株式の売買が必要となる場合、株式を売買するための基準は株式価値を元に算出されることになります。
企業価値が必要になってくるのは、M&Aで、譲渡する側が仲介会社と契約を締結した時点!
M&Aでは、企業の譲渡をおこなう際に、譲渡する側の企業がM&A仲介業社と相談することで、譲渡される側へ提示する譲渡価額を決めます。
この際、M&A仲介社は次に控える「譲渡される側との譲渡価額の交渉」のために、譲渡する側の企業が現在どれほどの市場価値なのかを算出することになります。M&Aでは譲渡価額を基準値として交渉が進められます。
この市場価値算出のために、企業価値が利用されます。
企業価値を使った譲渡価額の算出により、譲渡する側の企業はM&Aの後どれだけの金額が手元に残るのかがわかるようになり、譲渡される側はM&A後の事業計画を設計しやすくなります。
代表的な3つの企業価値算出方法
企業価値を計算するには、以下3つの算出方法があります。
- マーケット・アプローチ
- インカム・アプローチ
- コスト・アプローチ
本章では上記の算出方法それぞれの要点やメリット・デメリット、どんな企業にどの算出方法が向いているのかについて解説します。
【企業価値算出方法1】マーケット・アプローチ
企業価値の算出方法、1つ目はマーケット・アプローチです。
マーケット・アプローチは、自社の比較対象にできる企業もしくは業界を基準とし、企業価値を算出する方法です。
メリットは、常に株価・EBITDAなどを基準とした市場株価が反映されることとなるため、第三者的な客観的評価が下せることです。基準がわかりやすいため、計算も簡便にすませることができます。
さらにはその時々の流行や需要なども評価に盛り込めます。
デメリットは、市場が混乱している場合などにきちんとした評価がなされないことです。
あるいは自社が特殊な商品・サービスなどを取り扱っている場合、比較するための類似企業が見つけづらくなります。つまり比較対象がなければ、その企業しか持ち得ない特有の性質などは、企業価値として反映させづらくなります。
もし自社がそこまで特殊な商材を扱っているわけではなく、変動の少ない市場に属している場合、マーケット・アプローチでの企業価値算出が有効的です。
<1>類似会社比較法
マーケット・アプローチに分類される企業価値算出方法のひとつ、類似会社比較法は、マルチプル法という別名があります。
類似会社比較法は、評価対象の企業と似た上場企業の市場における株価、似たケースで成立したM&Aでは一体どんな価格で成約したのか、といった点が基準となります。
そしてマルチプルといわれる一定の倍率を、上記の基準のような評価対象企業の経営指標に乗算して、価値を算出します。
マルチプルは市場から判断されます。主に、評価する企業と類似した上場企業の株価や利益、EBITDA、純資産といった財務指標から算出されます。
類似会社比較法は、評価をする企業が上場企業でない場合、次項で解説する市場株価法が利用できないため、その代わりに使われることがあります。
類似会社比較法を市場株価法の代わりに用いる場合、比較対象とする類似企業を適切に選ぶ必要があります。評価対象に流動性がなければ、信頼性に欠けるためです。
そのため以下のような項目を基準として、類似企業を選出します。
- 価値を算出する企業が属す業界や似た業種における上場企業
- 顧客の属性、事業のモデル、商材がどのように需要を満たしているか
- 事業の戦略、地域性、顧客層、免許や認可などの専門性、商材の構造、事業の幅、会社の規模、国際性など
<2>市場株価法
評価する企業が上場企業の場合、市場株価法が利用できます。
市場株価法は、評価する企業の株価から算出します。ただ株価は短期で大幅に変動することがあるため、あまりマーケットの影響を受けない形で評価する必要があります。
具体的な方法としては、数ヶ月程度の終値を平均するというやり方です。
ただ、市場価値を参考にしただけでは支配権や経営権を有する層への対価が汲み取られていない状態であるため、そちらを加味した価格が上乗せされることが一般的です。
<3>類似取引比較法
マーケット・アプローチでの企業価値算出方法として、上記2種の他に類似取引比較法があります。
類似取引比較法は、実施するM&Aと似た過去のM&A事例を参考に企業価値を算出する方法です。財務に関する数値が必要十分なだけ開示されるとは限らない中小企業におけるM&Aではあまり利用されません。
【企業価値算出方法2】インカム・アプローチ
企業価値の算出方法として、次にインカム・アプローチについて解説します。
インカム・アプローチは、譲渡する企業に今後見込まれる売上の数値などに基準をおき、加えて将来的なリスクを考慮することで企業価値を算出する方法です。
メリットは、「評価される企業が将来的に得ると予測される収益」や「企業特有の性質」を価値に反映させやすいことです。
つまり評価時期によって大きく変動する可能性があり、現在はまだ手に入れられてはいない成果についても評価対象にできてしまいます。そのため評価時点では大した利益が出ていない企業でも、評価がかなり高くなる可能性を秘めています。
さらにはメリットとして、「M&Aで関わる両社の事業を組み合わせた場合の、未来における利益」についても評価の対象にできる、ということが挙げられます。
このため、インカム・アプローチはM&A以外の分野でも利用されます。例えば将来的な展開を考慮すべき投資や不動産、知的財産における価値基準の判断材料として有用です。
デメリットは、価値基準に「まだ実現されてはいない未来の事柄」が含まれているため、「本当は実現できそうもない事象」を価値から除去しづらいことです。また、インカム・アプローチで高く評価された事業が必ず持続すると保証されていない場合では、リスクのある評価方法となってしまう可能性があります。
また将来的な価値は、判断した側の主観的側面に大きく影響されるため、あまり客観的な評価とはならない部分もデメリットです。
客観的な評価を強く求められる取引の場合、インカム・アプローチは信頼性に欠けると見做され、交渉の決め手になりづらいです。その場合、相手を納得させるに足る将来的な収益獲得のための緻密な計画内容を示す必要が生じるでしょう。
もし自社が、今後の成長性が強く見込まれる大手の企業であったり、ベンチャー企業・スタートアップであったりする場合、インカム・アプローチによる評価が有利になることがあります。現行の市場評価を参考にした場合、安く買い叩かれてしまう恐れがあるため、上記に該当する企業は積極的にインカム・アプローチによる企業価値算出を選択すべきでしょう。
<1>DCF法
インカム・アプローチに分類される企業価値算出方法のひとつ「DCF法」は、Discounted Cash Flow法の略称です。和訳すると、割引キャッシュフロー法となります。
DCF法は、将来的に見込まれるキャッシュフロー、つまり「未来、企業が取引で創出するお金の流れ」を基準とし、基準値からリスクに応じて割引きをおこなうことで算出する企業価値算出方法です。リスクに応じた割引率は、将来的な価値を現在の価値へと変換するための利子率として算出されます。
まだ実現できていないキャッシュフローを評価基準とするため、DCF法を利用する場合は細かい事業計画を練り、できる限りしっかりした裏付けがある値でキャッシュフローを導き出さなければなりません。
DCF法においては、ブランド力や技術力、ノウハウといった無形固定資産も考慮されます。
<2>配当還元法
配当還元法の基準は、株式の配当金、そして資本金です。
株価の算出には、過去2年間の配当金から10%を割戻しする、つまり配当金の期待値を割引きする方法が利用されます。
一般的には少数の株式(3~5%)を取得している株主が保有株式を譲渡する際に配当還元法を使います。
多額の欠損がある企業では配当金が見込めないため、利用できません。
<3>収益還元法
収益還元法で基準となる数値は、DCF法と同じく将来的な収益の価値です。
収益還元法では、「予測される将来的な収益」を現在の価値に換算します。フリーキャッシュフロー相当部分には予想収益・利益の額を、割引率は資本還元率を利用して計算します。
メリットとして、DCF法よりも計算が簡易であることが挙げられます。そのため、多くの企業を比較しやすくなります。
デメリットは、予想利益が年度ごとに求められる形で算出されないため、成長見込みがある企業など業績変化が起こりやすい分野での計算方法として適さないことです。不動産業界では収益が安定している事が多いため、本法が利用されるケースが多くなります。
【企業価値算出方法3】コスト・アプローチ
企業価値の算出方法、3つ目はコスト・アプローチです。
コスト・アプローチは、価値を評価される企業の持っている資産から負債を差し引いた、純資産価値を基準として企業価値を算出する方法です。
メリットは、資産や負債を管理する貸借対照表を用いて算出するため、評価方法として客観性が高いことです。
デメリットは、コスト・アプローチが「あるひとつの期間における資産・負債の額しか評価対象としない」ため、インカム・アプローチのように将来性や業界変化について一切考慮されないという部分です。今後も事業を継続したい場合にコスト・アプローチで評価を受けてしまうと、安く買い叩かれるなど不利益が生じ、継続が困難となり得ます。
将来性を考慮しなければならないM&Aのようなケースではなく、単純な売却が目的である場合には、客観性に優れたコスト・アプローチでの企業価値算出が向いているといえます。
<1>簿価純資産法
簿価純資産法には、評価される企業自身、および同企業の資産と負債を用います。
会計帳簿上で、資産の合計から負債の合計を引くという計算方法です。算出された数値が企業価値となります。
帳簿上の数字のみを使って計算されているため、市場価値が反映できているとはいえません。つまり含み益や含み損を考慮すると、市場価値と比較した際に数値が乖離する可能性があります。
<2>時価純資産法
時価純資産法は、譲渡する企業の資産・負債を時価に直して計算します。
資産を時価換算し、負債もまた時価換算して、換算後の資産から負債を引いた額が企業価値となります。
市場価値を考慮していることが簿価純資産法と大きく異なる点です。M&Aでは時価純資産法が利用される傾向にあります。
時価純資産法には、無形固定資産つまりノウハウやブランド力、独自技術などについて反映されません。そのため、無形固定資産を反映させられる計算方法との併用が一般的です。
<3>再調達原価法
再調達原価法は、評価される企業に現在帰属している各資産・負債を、再取得しようとした場合の予想購入額である「再調達原価」によって評価し直す計算方法です。
上記の方法で計算された価額は時価純資産価額となります。時価純資産価額はその企業の株式買取価格の参考値となり、当該企業が現在M&Aが必要かどうかを判断する材料となりやすくなります。この点が、会社の消滅・精算を前提とする他の計算方法との大きな違いです。
企業価値算出はあくまで基準!上記算出方法をしっかり理解しておこう!
M&Aの際に企業の価値を評価する方法にはマーケット・アプローチ、インカム・アプローチ、コスト・アプローチという3種があるとわかりました。
それぞれ強みやメリット、デメリットが明確に存在しているため、ひとつの方法をあらゆる企業・業界、すべてのパターンで適用することは非常に危険ともいえます。
M&Aの分野では売買の対象となる企業の性質に合わせて、どういった企業価値算出方法を適用すべきか、第三者視点なども交えながら適切に判断しましょう!
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